久しぶりに映画館で興奮して観てきました!
ディズニー?ピクサー?の映画は観る前はそれほど観たいと思わないのに、観てみるとどうだろう。
あら不思議とっても素敵な映画じゃないか!という感じのものが多いです。 僕には。
「レミーのおいしいレストラン」も「カーズ」も初めは観たいと思いませんでした。
でも観たらそうとう面白くて、DVDを買っちゃったりしちゃいます。
でもまた新しいピクサー映画が出ても「やったー!観にいこう!」とは思いません。
どう表現していいのか解りませんが、絶対面白いって言うことが解っているのに、いまいちハマリませんのです。
どうしてか?と自分なりに考えてみたのですが、伝えたい「メッセージ」だったり、「ハッピーエンド具合」だったり、細かいところまでぜんぶ「いい話」だからだと思います。
設定やキャラクターは変わっても、道徳観や倫理観、幸せとは?といったテーマの根っこが
全部一所(悪いとは思いませんし、むしろ好きなんですが)すぎて、水戸黄門を見ているような
気持ちになるのです。
この場合のテーマ性はおおげさに言うと、人類に共通する普遍的な、「人間の幸せ」「人間のあり方」
を解り易く(より共感できるように)作られているからだと思うのですが、僕はもっともっと不可解で、見ている人の価値基準にゆだねられる「人間のあり方」のほうが好きなのです。
映画だけじゃありません。
本当に「いいもの」と、広く大勢の人に「受け入れられるもの」は必ずしも同じじゃないと思います。
もちろん後者の中に「本当にいいもの」もあるとは思いますが、その二つを分ける最大の要因は
「解り易さ」だと思います。
理解されるかされないか。ただそれだけなんじゃないだろうか?
ピクサーの映画は群を抜いて「解り易い」です。
誰が見ても良いお話で、僕は毎回感動してビリビリと震えます。
でもその「解り易さ」は実生活においてはとても有害で、人の生活をとても閉鎖的で
逆に解りづらく、生き難くしているように思えるのです。 僕には。
自分の解釈の範囲でのみ善悪の判断を解りやすくつけてしまわないことには、
不安で不安でたまらんようにするのではないか?と思うのです。
そういう「解りやすさ」に慣れっこの人は「解り易いいい人」にころりと騙されてしまい、
「解りにくいいい人」を「悪い人」としてしまいます。
僕は性善説の人なので、性悪説的に言い換えるならば「解りにくい悪い奴」に
ころりと騙されて、「解りやすい悪い奴」を「悪い奴」と決めてしまうのです。
そこにすこ~しだけではありますが、「これでいいのか?」という疑問を持ってしまう僕なのです。
僕は「人間いいとこも悪いとこも両方あって、さらに価値観や道徳観も時間とともにペロッと変わる
物」だと考えています。
人生に解り易い「答え」なんて求めてはいかんであります。
解り難いからこそ答えを探す行為そのものが意味深いのだと思います。
今日のブログは群を抜いて「解り難い」ですが、最後に一つだけ言わせてください。
ウォーリー最高に面白かったです!
ディズニー?ピクサー?の映画は観る前はそれほど観たいと思わないのに、観てみるとどうだろう。
あら不思議とっても素敵な映画じゃないか!という感じのものが多いです。 僕には。
「レミーのおいしいレストラン」も「カーズ」も初めは観たいと思いませんでした。
でも観たらそうとう面白くて、DVDを買っちゃったりしちゃいます。
でもまた新しいピクサー映画が出ても「やったー!観にいこう!」とは思いません。
どう表現していいのか解りませんが、絶対面白いって言うことが解っているのに、いまいちハマリませんのです。
どうしてか?と自分なりに考えてみたのですが、伝えたい「メッセージ」だったり、「ハッピーエンド具合」だったり、細かいところまでぜんぶ「いい話」だからだと思います。
設定やキャラクターは変わっても、道徳観や倫理観、幸せとは?といったテーマの根っこが
全部一所(悪いとは思いませんし、むしろ好きなんですが)すぎて、水戸黄門を見ているような
気持ちになるのです。
この場合のテーマ性はおおげさに言うと、人類に共通する普遍的な、「人間の幸せ」「人間のあり方」
を解り易く(より共感できるように)作られているからだと思うのですが、僕はもっともっと不可解で、見ている人の価値基準にゆだねられる「人間のあり方」のほうが好きなのです。
映画だけじゃありません。
本当に「いいもの」と、広く大勢の人に「受け入れられるもの」は必ずしも同じじゃないと思います。
もちろん後者の中に「本当にいいもの」もあるとは思いますが、その二つを分ける最大の要因は
「解り易さ」だと思います。
理解されるかされないか。ただそれだけなんじゃないだろうか?
ピクサーの映画は群を抜いて「解り易い」です。
誰が見ても良いお話で、僕は毎回感動してビリビリと震えます。
でもその「解り易さ」は実生活においてはとても有害で、人の生活をとても閉鎖的で
逆に解りづらく、生き難くしているように思えるのです。 僕には。
自分の解釈の範囲でのみ善悪の判断を解りやすくつけてしまわないことには、
不安で不安でたまらんようにするのではないか?と思うのです。
そういう「解りやすさ」に慣れっこの人は「解り易いいい人」にころりと騙されてしまい、
「解りにくいいい人」を「悪い人」としてしまいます。
僕は性善説の人なので、性悪説的に言い換えるならば「解りにくい悪い奴」に
ころりと騙されて、「解りやすい悪い奴」を「悪い奴」と決めてしまうのです。
そこにすこ~しだけではありますが、「これでいいのか?」という疑問を持ってしまう僕なのです。
僕は「人間いいとこも悪いとこも両方あって、さらに価値観や道徳観も時間とともにペロッと変わる
物」だと考えています。
人生に解り易い「答え」なんて求めてはいかんであります。
解り難いからこそ答えを探す行為そのものが意味深いのだと思います。
今日のブログは群を抜いて「解り難い」ですが、最後に一つだけ言わせてください。
ウォーリー最高に面白かったです!

姉妹はモンスターズインクがだいすきです。
あれは号泣するよ~!
映画館で2人でめっちゃ泣いたもん!
おすすめでござる!
いも(う)ちゃん
DVD持ってます!
アイアンジャイアントも泣くよ!
何だかんだ言って、ピクサー系の映画好きです。
映画館で観るとやっぱり良いね!
また行こうと思います!